蔦岳!?と呼びませんか・・・
南八甲田東端、赤倉岳を眺める山、【松森山】(804m)に登ったときの話である。私は南八甲田の山に挑戦するのは初めて、それに、蔦の七沼の一つ、蔦温泉から一番遠い【赤沼】に行くのも初めてである。本州の湖沼の中で、透明度第1位の赤沼は南八甲田の山中にあり、澄んだ湖沼に赤倉岳(南部赤倉岳)の山影を映している。この赤沼の直ぐ近くの小さな頂が松森山で、赤倉岳の荒々しい姿を眺めるのには一番良い場所と云われている。
南八甲田の紅葉を楽しむため、友人I君と二人で10月19日に出かけた。この山の難易度は体力度1、危険度1、歩行時間3時間15分、歩行距離5.6kmと比較的楽なコースである。普通は仙人橋から登るが、今回は逆のコース、蔦温泉から登ることにした。何故かと云えば、蔦温泉をこよなく愛した詩人・大町桂月がこの山道を通り、松森山を何回と無く訪れたことを何かの本で読んだからである。
9時30分、松森山に向けて出発する。蔦温泉から、沼めぐりの小道を右回り、【瓢箪沼】の横を通り、【菅沼】、【長沼】を経て、【月沼】に向かう。長沼と月沼の中間に大きなシダが一面に生えている場所があり、それは見事な群落である。月沼までの標高差100mを普通は40分で歩くのだが、私たちは1時間もかかってしまった。月沼を過ぎた所に、蔦温泉から1.3kmの標識があり、ここが赤沼の分岐点になる。分岐点からちょっと入った所に『この先、赤沼までの山道ですので、道に迷わなように注意して下さい』との看板が建っている。ここからの道は余り人が通っていないためか、道端の植物が伸び放題、細めの道をかなり占領している。しかし、迷いそうな道ではない。朝の光に映える、ブナの黄緑、楓の赤、クマザサの濃い緑などのコントラストが美しい。I君の持参したインスタント・珈琲を飲み、一休みをする。静かな林だ。・・・音と云えば、カラカラと風に舞い降りる木の葉の音のみ、静かな秋を満喫する。それにしてもなななか目的の分岐点までは着かない。ブナ林の同じ所をグルグル回っているような感じで、狐に化かされた錯覚に陥る。ようやく道が二手に分かれる目的の分岐点に到着。標識は無いが、メインと思われる右側の道を進む。分岐点から1時間ほどで小高い岩場に着く。周りは落葉樹の森であるが、この小高い所だけが、【ヒメコマツ】の林になっていて、ここが松森山である。月沼から松森山までの標高差は250mである。
この松森山は【マツモリ】とも【ヒメコマツモリ】とも云われているが、正式な名称は無い。804mの頂にヒメコマツが群生していることからその名で呼ばれているようだ。蔦温泉を出発してから2時間30分、丁度正午での到着である。松森山には既に私と同年配に見受けられる登山者が二人、昼食の真っ最中であった。 『こんにちは』 『蔦から登ってきたのですか?大変だったでしょう。あの道はだらだら長く、嫌になりますよね』 『ようやっと到着と云った感じでです』 『ここまで来たらこの岩を登って、絶景を見ない手はありませんよ』 『そんなに素晴らしいのでですか?ここからは想像が出来ませんが・・・』 『まぁ、見てのお楽しみです。ところで、帰りも蔦に戻るのですか?』 『車も蔦温泉に置いてありますので、そのつもりですが・・・』 『それは大変だ。これから赤沼に下りて、仙人橋に出た方が距離は短いし、うんと楽ですよ。良かったら蔦温泉まで送ってあげますよ』 『それは助かります。お願いできますか?』 『帰り道ですからお気遣いなく・・・何はともあれ、絶景を堪能してらっしゃい』 『それではお言葉に甘えて・・・』 山頂に向かうべく岩場を登る。『あぁ、絶景かな!』の一言につきる光景が目の前に飛び込んでくる。山頂から見下ろす木々の紅葉は雄大で素晴らしく、荒々しい赤倉岳もまた迫力があり、素晴らしい。こんな光景に出会えるとは想像もしていなかったので大満足である。残念なことは紅葉のピークがやや過ぎたことである。それでも、南八甲田の紅葉を満喫し、自然の雄大さに暫し感動する。
これからのリーダーは松森山で知り合った八戸在住の登山家である。松森山から北に進み、沼岸を300m程回り込むが、道は細く、所々深い穴があいている。リーダーは親切にも穴のあり場所を事前に知らせてくれるので助かる。この辺りから見る赤沼の色は引き込まれるような青緑だ。一度目にした人は、この色を見るために再び訪れると云う。それだけ魅力的な湖面の色なのだ。下りてから30分で赤沼の正面に着く。長方形の赤沼の対岸に座る赤倉岳は、三角形の姿を映している。沼の周辺は広葉樹に覆われ、色鮮やかな紅葉の景色を存分に見せてくれる。沼の流れ込む川は対岸に1本だけしかないので、汚水が入り込まず、透明度を高くしている。環境省の調査によると、赤沼は透明度日本第3位。因みに、第1位は北海道白老町の具多楽湖、第2位は摩周湖だそうだ。
赤沼の正面の岸辺に巨大な枯れ木が恐竜の如く堂々と立っている。多分、ブナかトチの巨木が朽ち果て、最後の力を振り絞って立っているのだろう。朽ち果ててもその堂々した姿は赤沼の主のようだ。写真の素材としては実に良い。私はその後、数回ほど赤沼を訪れているが、『今回も無事に立っていたか・・・』と何故かホットするのである。主に別れを告げ、仙人橋に向かう。ここからの山道は蔦温泉からの道と違い、かなり広く、歩きやすい。周辺はブナの木を主とした広葉樹林、所々に百年以上を超えた巨木が見られる。歩き始めて20分程して、蔦トンネルとの分岐点に合流、ここから25分歩けばゴールの仙人橋である。平坦な道が続くが、最後5m程急坂を下りると国道、仙人橋の駐車場に着く。早速、蔦温泉に送って貰う。
車中での会話・・・『お陰様で助かりました。有り難うございました』 『こちらの方が随分楽でしょう。ところで、松森山の印象は如何でしたか?』 『山自体は松森山で良いと思いますが、あの絶景を見せられると松森山の名前が貧弱に感じます。あの山には正式な名前が無いそうですね』 『ですから、私の仲間は【蔦岳】と呼ぶことにしているのです。如何ですか?』 『あの絶景の見事さに相応しい名前ですね。私たちもこれから蔦岳と呼ばせて頂きます』 トンネルに入った途端、『会話禁止』と云う。話しているとライトの消し忘れがあるので運転に集中するのだそうだ。なかなか面白い人である。『【蔦岳】でまた会いましょう』の言葉を最後に別れる。
私たちは遅い昼食をすべく蔦沼に向かう。空腹も限界に達していたので、にぎりめしの美味しいこと、一気に食べる。蔦沼の紅葉を眺めながらの昼食、最高の贅沢をさせてもらってた。南八甲田の紅葉を満喫し、先人たちの足跡を追い、人の親切に触れ、そして、健康で山登りを出来たことを嬉しく思う。またまた感謝である。
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